火の言葉だけが残った④ 洗い晒した眼の=小林秀雄/吉増剛造【連載随筆】
※本記事では、機関紙「神奈川近代文学館」167号(2025年1月15日発行)の寄稿を期間限定で公開しています。〈2025年3月31日まで〉
吉増剛造・詩人
わたくしたちも、わたくしたちの感じかたも、僅かに、朧ろに、少し幽かに、か、傾きつつ、病んでいるのかも知れなかった。読書報告のようで恥かしいことなのだけれども、六十年間もの、座右のキルケゴールを読み返してみたり、聖書のヨブ記に触れたりしているのも、……そうか、これはもう、未知の、未聞の、もしかしたら未来の、人々の心の働きに、救いのようなもの、…の幽かな火や光を、いや迷路そのものの発生状態を、みよう $${\textit{or}}$$ それを生きようとしていること、なの、だろうか、……。たどたどしい、書き方です。そのお詫びを、……。しかし、本当の心は、書き手の心は、〝もっともっと、たどたどしく、…〟と囁いている。
カフカの『城』(新潮文庫 前田敬作氏訳)の心読を、書くことの息か炎を、添わせて、三、四ヶ月に、四、五回も、読み耽っていた。いや、もう、これは、読んでいるというのよりも、この〝発生状態の終りのなさ、……〟に、深く、耳を澄まそうとしていたらしい。
受話器からは、これまで電話で聞いたこともないような、異様なざわめきの音がきこえてきた。まるで大勢の子供たちががやがやと声をたてているみたいで―しかし、実際は子供たちの騒音ではなく、はるかな遠くからきこえてくる歌声であったのだが、とにかくこの異様な声のざわめきのなかからひとつの高い、しかし力づよい声が形づくられてきて、耳にがんがん鳴りひびいた。しかも、たんなる聴覚よりももっと深いところに透入することを求めているかのようであった。(カフカ、前掲書三十九頁)
〝 ―しかし〟〝しかも〟の、……書いているときの息の繋ぎ=あるいは綱手)(……後出)を、カフカは、こうもいう、……。
つまり、私に思いつくすべてのものは、その根本からではなくどこか中間から思い浮かぶのだ。そんなものを摑もうとしてみるがいい、どこか茎の途中から生えている草を摑んで身を支えようとしてみるがいい。(『カフカ素描集』みすず書房 二〇二三年十月刊、二百五十一頁)
特に、〝 どこか茎の途中から生えている草、…〟には、フランツ・カフカのペンの呼気吸気、…〝発生状態、……中間性、…〟が、それこそ、心の傷口のように、火のように、〝発生状態…〟がいきいきと、あらわれて来ている。
さて、……小林秀雄さんに、心からの御礼を申し上げつつ、「実朝」から、〝子供の落書きの様な〟〝いかにも純潔な感じのする色や線や旋律が現れて来る〟(小林秀雄氏の「実朝」 新潮文庫『モオツァルト・無常ということ』一二五頁)別の発生状態への眼差というのよりも、裸眼といいたい。不意に、小林秀雄氏はいう。ここが、小林秀雄の裸眼の、…洗い晒した底板のようなところなのだ。
嘗て、古代の土器類を夢中になって集めていた頃、私を屢々見舞って、土器の曲線の如く心から離れ難かった想いは、文字という至便な表現手段を知らずに、いかに長い間人間は人間であったか、優美や繊細の無言の表現を続けて来たか、という事であった。(前掲文庫「偶像崇拝」)一七七頁)
〝 嘗て〟は、昭和十年代、…。小林秀雄氏に、敬意と感嘆の心を捧げつつ、実朝の忘れられない一首をここに。
世の中は常にもがもな渚こぐあまのを舟の綱手かなしも 実朝
〝綱手かなしも〟が、太古の人々の〝異様な声のざわめきのなかから〟の〝力づよい声〟(引用、前出フランツ・カフカより)に聞こえて来ている。
〈機関紙167号 その他の寄稿など〉
【新春随想】
芝浜など-荻野アンナ
【寄稿・中野孝次生誕100年】
中野さんが書きたかったこと-高橋一清
【寄稿・木下利玄没後100年】
木下利玄資料が物語る「白樺」派の青春-服部徹也
【追悼・山田宗睦】
山田宗睦さんの笑顔-蜂飼耳
【神奈川とわたし】
ベイスターズと出会った駅-吉野万理子
【所蔵資料紹介51】
種田山頭火 荻原井泉水宛書簡
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