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堀内さんの思い出/谷川俊太郎、堀内花子、堀内紅子【座談会・堀内誠一展】

県立神奈川近代文学館

※本記事では、機関紙「神奈川近代文学館」157号(2022年7月15日発行)の掲載記事を公開しています。


 企画展「堀内誠一 絵の世界」の開催を記念して、堀内誠一さんの長女・花子さん、次女・紅子もみこさんと、堀内さんと数々の仕事をともにされた谷川俊太郎さんのご自宅を訪ねて、堀内さん一家がフランスに暮らした時代のことを中心にお話を伺いました。

進行・刈谷政則(編集者)

『マザー・グースのうた』

花子 パリに行った最初の頃に家にみえたお客さまが、谷川さんと草思社の加瀬昌男さんだったのを覚えています。それで『マザー・グースのうた』の話があって、しばらくして草思社からたくさんの資料がどかーんって届いたんです。

谷川 やっぱり草思社が資料を送ったんだ。いやとにかく、僕はただ翻訳しているだけだったのに、ばっと第一巻目が全部編集された状態で届いてさ。テキストと絵の組み合わせとか、絵も全部描いてあって。詩の方だって僕は全然選んでないんですよ。堀内さんが全部選んで構成してくれて出て来たのを見てびっくりしたのはよく覚えているんです。

谷川俊太郎

紅子 翻訳する詩の候補は草思社から来たんですか?

谷川 そうです。最初は一巻の予定だったわけ。だから僕はちょっと多めに選んで、訳して。売れたもんだから五巻になっちゃったわけね。

紅子 第三巻に入っている「おかあさまがわたしをころした……」という詩が、最近ツイッターで「これはマザー・グースじゃない」って話題になって。日本でマザー・グースだと言われているのは、有名な谷川さんと堀内さんの本に入っているからなのだろうと。ちょっと調べたら原典が一つだけ見つかって、M‌o‌M‌Aで出しているアレクサンダー・カルダーの本。

谷川 そうなの。僕は確かカルダーの本で訳した記憶があるんです。じゃあマザー・グースとしては通用してなかったのかもね。だってもともと民間伝承の歌なんだからね、いろいろバリエーションもあるし。圧倒的に面白かったんだもん、カルダーのは。

紅子 確かに面白い。ちょっとブラックだったりね。

花子 父は側から見ても一生懸命でした。とりわけ最初の一冊目はイギリスに行って本を買い集めて研究していましたから。ずいぶん描き直してもいます。私としては久々に、こんな絵を描いてくれてうれしいなって(笑)。

谷川 そりゃあそうだと思うよ。とにかく本全体のデザインっていうのがね、当時としてはもう本当に革命的に美しかったんですよ。ああいう本はなかったんです。だから第一巻が出た時に、ものすごい感心しちゃったわけね。こんな本見たことないっていう感じだったの。それで、五巻になっちゃったのは、やっぱりすごくうれしかったですね。

『マザー・グースのうた』第1集
谷川さんが翻訳、堀内さんがイラストレーションを手がけ、100万部を超えるベストセラーとなった。1975年から翌年までに草思社から全5集が刊行。


ノルマンディー旅行

紅子 安野光雅さんと谷川さんに父がタメ口だったので驚いたのを覚えています。

刈谷 三人で行ったノルマンディー旅行の話をしてくださいよ。

谷川 エッセイにも書いているけど、安野さんと私がもっぱら車を運転していて、堀内さんはカルバドスを飲んでいました。車内はそのりんごの匂いでいっぱいでしたっていうオチ。それから、僕と安野さんは普通のホテルに泊まりたいのに、堀内さんはトラック運転手の泊まるルーティエがいいって言うわけですよね。

刈谷 旅行の行程は、全部堀内さんが決めていらしたんですか?

谷川 あの人は行程じゃなくて行く場所を決めてくれるだけなんです。あとはこっちが地図を見なきゃわかんない。僕はとにかくロマネスクの教会を見たいと前から言っていたわけね。それで堀内さんに、帰りに見られるようにしといてねって言ってたら、押せ押せになっちゃって全然見られる時間じゃなくなっちゃったっていうのはよく覚えているの。

花子 そうか、それがカルバドスの恨みになっているわけだ(笑)。

谷川 それで彼、フランス語をしゃべってくれないでしょう。どっかの小さな安ホテルにみんなで泊まったとき、とにかく飲みたいんだけどコップがなかったわけ。それで俺は「グラス、グラス」と言うんだけど、向こうはアイスクリームを持ってきちゃうわけです。なんでコップが来ないでアイスクリームが来るんだ、みたいな。

花子 父が絵でも描けばいいのにね。

谷川 そうだよね。誠一さんがフランス語をあんまりしゃべらないのは、初めてフランスに行ったときから一貫してそうだった?

花子 だってしゃべれないもの。

谷川 あの人は全然、言葉を学ぶ気がなかったんだね(笑)。

花子 しゃべる気はそもそもないんです。ただね、勘が良いし、「目」が良い。よく映画を家族で観に行きましたが、セリフも字幕もわからないはずの父が一番理解してるんです。私たちはただのアクション映画として観て面白がっていても、父は「誰々はユダヤ教で、こういう風習があるからこういうことをやっているんだ」とかいう背景がわかる。

谷川 じゃあ堀内さんは、そういうバックグラウンドはどこで学んだんだろう。本で? 日本の学校ではそんなことは教わんないわけでしょう。

花子 だって中学に行ってないもの。本ですよね。本と、やっぱり映画かな。

堀内花子

谷川 じゃあフランス語の映画は全部わかっていたのかな。

花子 もちろん全部なんてことない。終戦後、アメリカやフランスの古い映画が日本にどーっと入ってくるでしょう? 父はその時にまとめて観ていて。例えば和田誠さんはハリウッド系がお好きだったと思うけど、アメリカ人以上に作品を読み解いていますよね。父はアメリカ映画にも詳しかったけれどフランス映画が好きで。やっぱりそれは随分深く理解していたと思います。西洋史も本で読んでいてすごく得意だったし。

谷川 そうか。じゃあ日本にいる頃からそういう本は読んでいたわけね。

花子 読んでいますね。若い頃はヘッセとかリルケとかいわゆる純文学を好きで読んでいるんだけど、私たちがよく読んでいたなって覚えているのは、歴史ものと伝記、あと新書。岩波新書や中公新書の理系の話だったり。それとミシュランのガイドブックですね。だから、本を読んでわかっていたんですかねえ。


堀内さんの日常

谷川 パリに行った時、学校で苦労しなかった?

花子 めちゃくちゃ苦労しました。フランス語をしゃべれないでしょう? 入れてもらえただけ幸せ。カソリックの女子校でした。

紅子 私は姉の学校とは正反対で、サマーヒル・スクールみたいな自由なところでした。

堀内紅子

谷川 誠一さんはそういうことには一切関わらなかったの? P‌T‌Aとしては。

花子 昔っから全然関わらないです。その代わり勉強しろとかも言われないし、特に褒められることもないし。

谷川 それはうちの父も全く同じだったから、すごくよくわかるね。

花子 でも紅子が最初に一人で父とパリに行ったときは一生懸命サービスしていました。家では絶対に父さん母さんとしか呼ばせてくれないのね、ママなんて言ったら母は返事もしてくれない。でもそのときに紅子は夜に突然起きて「ママー、ママー」って泣き叫んで。

紅子 そういう時はちゃんと焦るみたいですね。

谷川 僕もさ、パリに行った時は子どもが小さかったでしょう。お父さんお母さんじゃなくて、「俊太郎さん」「知子さん」って名前で呼ばせてたんですよね。それは、武満徹の家族が先に外国に行っていて、そこで彼らがそういう習慣になっちゃったらしくて。僕はそれが気に入っていてね、子どもたちに名前で呼ばせていたの。その話をしたら、堀内さんは色をなしてねえ、「そういうことをしてはいけません。ちゃんとお父さん、お母さんって呼ばせなさい」って叱られたのを覚えている(笑)。だから下町の人っていう感じがしましたね。こっちはほら、エセインテリじゃない、根無し草の。ちょっと違うんですよ。職人的なところがあったんだよね、堀内さんには。

紅子 そういうところはありましたね。家父長制というか、「黙ってご飯つくれ」みたいなところはすごくありました。

谷川 それがやっぱり、ちょっと魅力だったね。じゃあ堀内さんは、あなた方が学校に行っている間どうやって過ごしているの? なんか、すごく平凡な日常生活だっただろうっていう風には思っているんだけどね。

花子 フランスに行ってからは同じような時間に起きて、自分でソーセージを炒めて、インスタントコーヒーを入れて。食事中やトランプをやっているときはレコードを聴いて、仕事をするときはラジオにして。お客さんが来ればパリを案内して、観たい映画があれば一人でシネマテークに行ったり。本当、そういう意味じゃ割と平凡な日常。でも日本に帰るとどうしてもお付き合いが増えるから、変則的な日常になっちゃいますよね。

谷川 人嫌いではないんだよね。人と集まって、それが重荷ってことはあんまりないみたいな感じだよね。

花子 そうそう。だから不思議なのは、東京に三軒ぐらい行きつけのバーがあるんですよ。赤塚不二夫さんも通っていたようなところとか。でも父はそこに来ている人たちと仲良しにはならないわけ。自分のアシスタントたちはよく飲みに連れて行っていました。菊地信義さんもある時期父の下で働いていらしたんですよ。アド・センター時代から父の片腕だった新谷雅弘さんの同級生なんです。それで新谷さんが連れてきて、堀内誠一グラフィック研究所の社員だったの。

谷川 えっ、そんな会社があったわけ?

花子 「a‌n‌a‌n」のアートディレクターをやることが決まったときにアド・センターを辞めてつくった会社。ただやっぱり、父は人を使えないんですよね。ちゃんと指示ができない。自分でやっちゃう。まあその方が早いわけで。

谷川 天才で秀才なんだから困るんだよね、堀内さんってね。 



〈機関紙157号 その他の寄稿など〉
【寄稿・平井呈一生誕120年】
房州山人、平井呈一の全体像をもとめて―荒俣宏
【連載随筆】
行く先々で俳人と② 上田五千石―復本一郎
【神奈川とわたし】
私の中を流れる三つの川―太田靖久
【所蔵資料紹介41】
獅子文六 宮田重雄宛書簡(一)

◆機関紙「神奈川近代文学館」は、当館ミュージアムショップまたは通信販売でご購入いただけます。(1部=100円)


◆企画展「堀内誠一 絵の世界」

【会期】2022年7月30日(土)~9月25日(日)休館日:月曜日(9月19日は開館)
【開館時間】午前9時30分~午後5時(入館は4時30分まで)


◆神奈川近代文学館公式noteでは、機関紙掲載記事の期間限定公開や講演会・イベントの配信をしています。

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